『飲む、飲む、飲む!』プロローグ〜第一話「金曜日は、始まりの日 - 1章」

プロローグ

家では飲まないが、お酒の大好きなタクオ(男・23)は、東京中の酒場を飲み歩いている。

家と職場は「池袋」

『飲む場所』

東京の山手線沿いの、飲屋街。ゴールデン街池袋飲屋。巣鴨渋谷。

『テーマ』

明日も明後日も明々後日も、身体が悲鳴を上げても、飲み続ける。

アルコールに飲まれきった男のなんだか可笑しい、悲しい、楽しいお酒馬鹿一代物語。

飲みのうんちく、つまみのうんちく。

常連同士の下らない話し。

痛快、泥酔、アルコールサスペンス

第一話『金曜日は、始まりの日』

ある日の金曜日、タクオは会社を定時18時で上がるのも嫌で、早退を上司に申し出て、 16時過ぎには会社を後にする。タクオは今週ばかりは疲れきっていた。 上司は、タクオの必死の訴えにただ同意するのみだ。

求めるのはただ一つ、酒だ。

芳醇な香りが五臓六腑を刺激する『黒ラベル』か、 そのトロッとした甘みと、女衆に嫌われに嫌われまくっていた、 親父の弟である生涯独身を貫き、病院のベットの上で燗酒を飲んで死んでいった叔父さんを思い出す、大関ワンカップか。

それとも、たった二本飲めば、テンションの上げ止まりの利かない『STRONG ZERO』か。

否、今週俺は頑張った。最初の渇きに乾いた喉を、飢えに飢えた心を癒す、美しきき一杯目を、コンビニで済ませる訳には行かない。

金ならある!お昼休みのうちに、ATMで10万円下ろしてある。 俺は待ったんだ。この一週間頑張ったんだ。美味い酒の為に一週間断酒したのだ。 よし、電車に乗って新宿へ行こう。

・・・。

否!違う。先ずは巣鴨だ!山手線で二駅、巣鴨へ行こう!

否!!!!否!!!否!!!

違う!タクシーだ、最短の直線距離を結ぶ道順を俺は知っている! 巣鴨にある昼間から飲ませる訳の分からないショットバーの完璧なるハイボールで一杯目を始めるとしよう。

タクオはタクシーに飛び乗り、行き先を告げる

タクシーではラジオではなく、運転手の好みかなんだか知らないが、

Gipsy Kings - Djobi, Djoba が流れている

車窓からは、高層マンション、

サンシャイン60

空蝉橋から見えるスカイツリー

都電、

山手線、

地蔵通り入り口。

 

「あ、運転手さん、入り口前で大丈夫です。」

運転手は微笑みを顔から絶やさず、

「はい、わかりましたー。」 車が止まり、

「1,500円ちょうどです」

「はい、2,000円」「釣りは取っといて!」

「どうもありがとうございます。ドア開けます。お忘れ物のないように」

「はいよ。運転手さん、好い週末を!」

「はい。どうもありがとうございます。お気をつけて〜」

地蔵通りの夕暮れ前の人気はまだ多い。

巣鴨地蔵通り沿い「Bar Kirin」から始まる

タクオは、颯爽と車から降り、地蔵通りの入り口へ入っていく。 目指す一件目は、地蔵通り入り口を入ってすぐの「Bar Kirin」だ。 長い階段の入り口前で、タクオは顔を両手でパン、パン。と二回叩く。 一段目は飛ばすぜ、三段目にホイと飛び、調子よく階段を駆け上がっていく。 タクオは、店の扉を躊躇無く開けて入る。

店内の照度は低い。

barの入り口は店の真ん中に位置している。割と広めの箱だ。 入って左奥にバーカウンターがある。 カウンターの背には酒棚があり、酒棚とカウンターを全体的に照らす、 ぼんやりとした黄色がかったライトがなんとも、不思議なセンスだ。

カウンターにはバーテン井山(35,男)が氷をアイスピックで削りながら待ち構えている。 客は未だいない。一人目だ。まだ夕方か。

 「あ、タクオさん、いらっしゃい。今日は一人ですか」

「一人です」「今日は誰とも約束なしでスタートしようかと」

 「いいですね。金曜日に約束なしは、贅沢ですね」

タクオは笑顔、にんまり。

 「一杯目どうしますか」

タクオはつんつるてんのツヤツヤの肌の顔で、少々ダンディを装い、

「ええ。ラガブーリンのソーダ割りで…」

井山は後ろの酒棚からラガブーリンを手に取り、炭酸を冷蔵庫から出し、 口の大きい、でも薄張りのグラスに氷を適当に砕いて入れた後、丁寧にステアをする。 ステアの手つきは、美味しい酒ができる素晴らしき準備運動といった感じだ。 グラスから水を流し、グラスに45mlのラガブーリンをすっと流し込む。

またまた、ステアを何秒間かする。

カウンター越しに、既に、ラガブーリンの生まれ、異国情緒漂うアイラ島の空気が香ってくる。 タクオは、待ちきれない。だがぐっと堪えてただ、井山の「どうぞ」を待っている。

ステアの終わったグラスに、炭酸を流し込む。 本当に軽く、氷も動かない様なステアをする。 蒸留酒は放っておいても炭酸と混ざり合う。 香り付けも何も必要ない。

 「どうぞ」

「週末、始まりの一杯ですね」

「どうも」

タクオはグラスを口に運ぶ。だが、口を付けて飲むのかと思いきや、

「なにか、フルーツを…」

「かしこまりました」

タクオはオーダーが通ったのを聞いて、何かから何まで準備が整った。

という顔で、

「ふう」

グラスに再度口を付けて、『ぐっ』と一杯目の一口目を半開きな口に運ぶ。 少し、味わう様な、香りを確かめるような間が空くが、 その後は、『ぐっ』『ぐぐうーーっ』ともう止まらない。

ああ、いってしまった。飲み干してしまった。至福の表情だ。

バーテン井山は、盛りつけた、ドライフルーツを『すっ』とタクオの前に出し、 綺麗なグラスを何個かカウンターに並べて、次のオーダーを待つ。 目線は下に落としてはいるが、井山の表情もまた妙だが、至福の表情だ。 タクオは出されたドライフルーツを一つつまみ口に運ぶと。

「井山さん、ストレートでもう一杯」

「かしこまりました」

タクオの週末は始まった。井山もまた然りである。